山本太郎個展「米村庵」Taro Yamamoto

2002年.2.7- 2.19


二週間の間、アメ村に小さな庵が建つ。
庵の号は「米村庵(べいそんあん)」。
山本太郎が庵の亭主である。


津軽三味線/加賀丈子さん

17日(日)5:00〜ライブ

最高のもてなしとして茶道ではよくおこなわれることでもあるが 茶会で使われる掛軸・お茶碗等できる限り亭主が自分で作る。ギャラリー内には少し段になった畳敷きの場所を作る。ここにはベンチのように腰をかけることもできる。また前回のように床の間もギャラリー内に出現する。平面の作品は掛軸・屏風など従来日本の家屋にあるべきものを中心にする。
*作品展示の他、「米村庵」は会期中に様々な人によって、週末を中心にお茶会やライブが行われる。
お茶会を榎本恭子、ライブを竹内世津子(和太鼓)・佐藤和佳子(和笛)を予定

現在の日本の状況と古くからの日本の芸術に興味がある私が、今一番考えている問題が日常生活と芸術の関係だ。
昔の日本には絵画が日常生活にすんなり入り込める形式がいくらでもあった。
掛軸や屏風・障壁画・扇面・団扇などに描かれることによって、空間を彩り、季節や場の雰囲気を演出し、絵画は生活の中に溶け込んでいた。単に眺められるだけのものではなく、生活の場で実際に使用されるものでもあった。

しかし芸術は近代以降、画家個人の考えや主張を表現するためのものになり、徐々に日常の生活と切り離されてしまった。だが今また芸術は社会や人々の生活の中での有様を模索しはじめているのではないだろうか。そんな状況のなかで、昔の日本絵画の有様は現在の大きなヒントに成りうると私は考えている。
ギャラリーコメント

ギャラリーをやっていて言うのもなんですが・・
閑静で洗練された空間で無いと美術は鑑賞できないのでしょうか?

実際問題、私達は生活必需品等の雑多なものに囲まれ暮らしています。
今回お茶会を行うのですが、茶道の本質は「もてなし」の美学です。
いわゆる「お手前」の形式に捕らわれず、お茶を飲みつつ作品を「観賞」しに来た人たちをもてなしたい。そしてこれからの自分サイズの美術の楽しみ方を話したいのです。これは作家山本とのギャラリ−の、またはお茶をたてる人、このお茶会の為にお菓子を作る職人さん、演奏を行うひと、それを食べ、飲み、聞き、見た、関わる人すべてによるコラボレーション展とも言えるでしょう。




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