山本太郎 [ニッポン画] Taro Yamamoto

1999.
10.7-10.19

 
「ニッポン画」パネルに紙、岩絵具

 

展評 原久子(タウンアートギャラリー)

展評 なかがわあきら
この展示では、ギャラリーの窓が開いていた。大阪はアメリカ村の真ん中にあるこの画廊にはしょっちゅうお邪魔するが、窓が開いていることが気にかかった展示はこれが初めてだろう。開放された窓が非常に印象的だった。そしてこれはこの展示についての重要な要素である。 山本太郎はいわゆる日本画を描く。そこで彼が取り上げるモチーフは、明確に現代
日本のカリカチュールとして意識されているものばかりだ。クラッシカルな日本画の技法で描かれた老松を真ん中に控えた広い一双の金屏風の中に、ケンタッキーのカーネルサンダースを日の丸(日章というべきか)と共に拝むことが出来る。また、掛け軸のこれまた日章の中にリーヴァイスを認めることが出来る。それにしてもこの展示の中で日輪をどれだけ見たことだろう。ひねり出された虚構である「日本」の伝統を表象するものを単なる記号として使用しつつ、一方で馴染みのある商標を記号的な要素として紛れ込ませ、それらを平面上で衝突させる。彼は「ニッポン」とカタカナ表記し現代のカリカチュールとしての表現を一層意識化しているのだが、作品の雰囲気からすれば、これはカリカチュールと言うよりもどこかいびつな現状へのノーコメントな現状認識の表明なのだろう。また、多くの人が「日本」探しに明け暮れている今ではこういった意識はしばしばありがちで、問題に付いた手垢を嫌う向きには敬遠されてしまうことすらあるだろう。現代への違和感は、それが何であるか正確には言い当てられないにせよ、誰しも持つものだ。もっともそれを霊妙に切り出すのが芸術家だと信じたいのだが、情況の子としての表現が食傷感以上の何かを人に与えるのはすでに難しい。今回の作品は、あらかじめ抱え込んでしまっている鬱屈した情況に対しては正面を切りすぎ、状況の鬱屈を切り出しきらなかったとも思える。作品自体のインパクトや、作品を見ながらある種の食傷感が先に立ってしまったことも事実である。
 しかし、にもかかわらず観るべき部分がある。冒頭で述べたように「窓が開いていたこと」である。今回の展示では畳を持ち込んで金屏風を飾り、飾り棚をしつらえて軸を架け、さらに作家自身は和服という出で立ちで、そのスタイル自体が一種のイン
スタレーション的な効果を上げていた。鑑者は畳でべったりと座りながらお茶を飲む。開け放たれた窓の外からはポップソングや流行のテクノ系音楽が騒がしく、遠慮することなしにこの「部屋」の中にまで入り込んでくる。ここがホワイトキューブのギ
ャラリーとして切り離されたモノではなく、アメリカ村にある一個の「部屋」であることが実感できた。ただ、やはりこの妙な地続き感は作品の持つ力によって浮き彫りにされたものだろう。「アメリカ」を「村」として構成し、さらに商業主義によってカモフラージュされた「文化の発信基地」を持とうとする、二重三重の輸入翻訳構造を経て形成されたヒソウな(皮相)な日本が背景に備わっている。そして、その現状に対してノーコメントな皮相さをたたえたこの作品を前にして車座に座り、お茶を飲む。足を折り畳むという「日本的な」身体感覚の中で潜在的な日本探しを自らに強いながらも、山本作品でいびつに練り上げられた日本という記号の衝突を目の前にしていると、いかに皮相さに私たちが身をやつしているのかという事実に否応なく引き戻
される。窓の外と、中との皮相さの奇妙な符号がそこにはある。地べたに座る人々がいるが、もしかしたら彼らもこの展示と同じ身体感覚を持つのかも知れない。こうして外部、ならぬ窓の外との世界の地続きを感じざるを得ない。
 今回の作品は、いわば現代日本の「記号の氾濫」を前にした作品だった。しかし、実際に観たものは「身体」と「記号」との乖離である。ワイドショーを眺める時に、食傷感と詐欺的なイメージと記号に視覚はしばしばおとしめられる。しかし、それに対するのは、ある「身体」行為なのかもしれない。ここではその力を確認した。さらにそれに、「皮相の勝利」をつけ加えるというと言い過ぎだろうか。